ギフト文化は、各国の歴史や習慣とともに育まれるもの。 それだけに、ギフトにまつわるマナーにもお国柄が色濃く反映されます。 プロトコール(国際交流のルール)に精通する筆者が、ギフトの習慣やタブーを国別に解説します。
【トルコ編】おいしいものをみんなで分け合う
東ヨーロッパと西アジアにまたがるトルコ共和国。13世紀に成立したオスマン帝国の支配とともに発展し、20世紀に現在のような近代国家・トルコになりました。オスマントルコは15世紀にはバルカン、アナトリア、メソポタミア、北アフリカ、アラビア半島にまでおよび、イスラム帝国は最盛期を迎えます。支配層はトルコ人でしたが、領内にはアラブ人、エジプト人、ギリシア人、スラヴ人、ユダヤ人など、多数の民族が生活しており、いわば多民族国家でした。もちろん中央集権的な制度を敷いていましたが、それぞれの信仰を認め、共存していたのです。国民の約90%がムスリム(イスラム教徒)でありながらも、このように長年にわたって多彩な文化土壌を育んできたトルコ。そこで生まれた贈答習慣とは、一体どんなものなのでしょうか?
Q. どんなときにギフトを贈る?
食を分け合う2大祭り
トルコの年中行事のうち、最も盛大でにぎやかなのがイスラム教のお祭り「シェケルバイラム(Seker Bayrami)」と「クルバンバイラム(Kurban Bayrami )」です。「シェケルバイラム」は、日本語にすると「砂糖祭り」。毎年1ヶ月ほど行われるラマダン(断食)が終わった翌日から3日間開催されるもので、太陰暦に基づき、年によって日にちが変わります。太陽暦で迎えるお正月と違って、ムスリムにとって、本当の意味での新たな1年のはじまりでもあるのです。
かつて断食明けに甘いものを分け合っていたことから名づけられた砂糖祭り。今でも甘いお菓子を食して祝う習慣は受け継がれているようです。スーパーには1週間ほど前からチョコレートやキャンディーの特設売場が設けられ、色とりどりのお菓子で埋め尽くされます。田舎のほうでは近隣の子どもたち全員にお菓子を配る習慣が残っていますが、都市部では、子どもたちが各家をまわってきたときにお菓子をあげたり、訪問客にご馳走とお菓子を振る舞ったりします。いずれにせよ、子どもたちにとっては待ち遠しいお祭りですね。
片や「クルバンバイラム」は、日本語にすると「犠牲祭」。1年に1回、羊や牛などの動物を生贄としてアラーの神に捧げ、貧しい人たちのために分け与えるお祭りです。こちらも毎年日にちが変わるもので、多くのイスラム教の国で大きな行事として位置付けられています。トルコでは、4〜5日間の大型連休に。大方のトルコ人は、日本のお盆のように帰省して家族と過ごすか、メッカに巡礼に行くようです。
バレンタインにはユニークギフトを!?
トルコのバレンタインデーは、「セヴギリレルギュヌ(Sevgililer Günü)」と呼ばれる「恋人の日」。他国と同様2月14日で、恋人や夫婦間で愛を確かめ合います。この日が近づくと、花屋には赤いバラが溢れ、新聞には愛の告白メッセージコーナーがつくられ、レストランはツーシートにハート型のメニューが置かれるという状況。華々しく展開されるバレンタイン商戦の中でも、各企業が展開するユニークなギフトキャンペーンが目を引きます。
2017年にトルコ航空が打ちだしたバレンタインキャンペーンは「東京〜トルコ往復エコノミークラス カップルで10万円~」。この内訳が振るっています。一人9万9000円、もう一人が1000円。つまり、男性が概ねの旅行費を持ち、女性は1000円で往復できるという狙い。トルコ国内では「国内外カップルチケットの二人目はすべて1ユーロ」というキャンペーンもあったようです。
一方、話題をさらったのが電気シェーバーで有名なブラウンです。キャンペーン名は「TRIM FOR YOUR LOVE(愛のために髭を剃ろう)」。これ、「自分の髭を肥料にして花を育て、その花をプレゼントする」という突飛なバレンタイン企画なのです。どうやらヒゲには植物の栄養となるニトロゲンが多く含まれているとか。店頭の特設ブースを訪れた男性に電気シェーバーでヒゲを剃ってもらい、その剃ったヒゲを土の入ったプランターの中へ入れ、植物を植えるという流れです。このエコロジカルなやり方で家でも花を咲かせてほしいと、電気シェーバーと植物が入ったバレンタインキットが配られました。このキャンペーンの様子がSNSに投稿され、多数のメディア露出に成功。売上も前年比で71%も伸びたという話。でも「よほど好きな相手でない限り、髭で育てた花はいらないかなあ......」というのが女子の本音のようです。
Q. ギフト文化の特徴は?
「トルコではモノをあげることがもてなしだと思っている人が多い」と教えてくれたのは、トルコ在住の友人です。誕生日などの特別な記念日にプレゼントを渡すのは世界共通習慣ですが、トルコでは、どんなときでも家に招待された人が目の前のモノを気に入ったら、躊躇なしにそれをプレゼントするのです。
これを聞いたときの感想は「ええ?トルコでも?」です。実は、チュニジアでも同様でした。私がチュニジアでホームステイをしたときのこと。「このバスケットかわいい!」というと「はい!あげる」。「わあ~、きれい!」と庭先の花を褒めれば、その場でサッと切り、「はい!」と手渡され、仕舞いにはディナーテーブルに並ぶママのお手製スープに「おいしい」とコメントしたら、帰る間際に瓶詰めにされたスープを手渡されました。
これって、イスラム教国のおもてなしの流儀なのでしょうか!? トルコの友人宅では、ビーズのアクセサリー、ハーブ、小物類など、気前よく手渡された品物が一角を飾っているそうです。これを聞いて、日本でも、遠い昔、幼かった私が田舎に遊びに行くたびに近所のおばあさんたちがこのように振る舞ってくれた思い出が過りました。おもてなしの心は、国や文化を越えて、通じるところがあるのかもしれません。
Q. ギフト選びのポイントは?
おめでたい場での人気No.1ギフトは「金貨」。いわゆる現金ではありません。商品の金貨のことです。たとえば、出産祝いには赤ちゃんの産着に付けられるようにリボン付き金貨と金細工された「ナザールボンジュウ(Nazar boncuğu)」のピンを贈ります。ナザールボンジュウとはトルコのお守り。青いガラスに描かれた目玉で、災いをはねのけると信じられています。
また、「スンネット(sünnet)」、すなわち「割礼」があるトルコ。ほとんどの男子は13歳くらいまでに済ませます。割礼を受ける前後に親族や友人を呼んで割礼式を行う習慣があり、式では、王子様のような衣装を着た男の子を称え、パーティーを開きます。おもちゃやお菓子も山ほどプレゼントされますが、伝統に従って男の子の礼服の肩掛けに金貨や紙幣がたくさん貼られます。
さらに、結婚式でも金貨が登場。参列者が次々と花嫁のドレスのベルトや肩掛けに金貨を留めていきます。スペースがなくなると回収専用袋が用意され、そこに金貨が投げ込まれます。持ち合わせがない場合は、お札でもOKだそう。
インフレ率の高いトルコでは、金貨は現金通貨より価値が高く、男の子の将来や夫婦の家計の足しになるように、という意味で贈られるのです。
Q. 気をつけたいギフトのマナー&タブーは?
イスラム教徒が多いトルコでは、豚肉やアルコール類のギフトはNGです。お肉そのものでなくてもラードやブイヨン、ゼラチンなど豚を原料とする食品は避けること。アルコールについても、飲むためのお酒だけでなく、アルコールを含む香水なども要注意です。
また、イスラム教では偶像崇拝なので、人形も送ってはいけません。ぬいぐるみは人によっては気にするようで、避けたほうが無難かもしれません。
バレンタインデーのバラのように、基本的に花のギフトは喜ばれますが、トルコでは菊が葬儀の献花に使われるゆえ、ギフトには不向きです。
石橋眞知子Machiko Ishibashi
学習院大学卒業。在学中よりラジオパーソナリティやテレビレポーターとして活躍。その後、アメリカ・ノースウエスタン大学で日本語教師をし、イギリス・オックスフォード大学で美術史や演劇を学ぶ。以来、異文化コミュニケーションやマナーのレクチャー、企業のコンサルテーションなど幅広く活動。英会話に関する著書多数。2006年には「プロトコールの基本」(日本ホテル教育センター)の監修プロデュースを手がけた。2015年に日本クロスカルチュラルコミュニケーション協会を設立し、現在会長を務める。