ギフト文化は、各国の歴史や習慣とともに育まれるもの。 それだけに、ギフトにまつわるマナーにもお国柄が色濃く反映されます。 プロトコール(国際交流のルール)に精通する筆者が、ギフトの習慣やタブーを国別に解説します。
【タイ編】鉄板ギフトは、誕生曜日のカラーで決まる !?
東南アジアで唯一欧米の植民地になることなく、独自の文化を実らせたタイ。およそ5000年も前に稲作をはじめた世界最初の農耕民族ともいわれ、4つの王朝時代を経て、現在のタイ王国へと発展してきました。国民の90%以上が仏教を信仰しており、仏教徒でなければ国王になることはできません。ただし、憲法では信仰の自由が守られていて、少数ではありますが、イスラム教、キリスト教、ヒンドゥー教徒も存在します。タイといえば、胸の高さに手を合わせてお辞儀する「ワイ」というあいさつが有名ですね。目上の人を敬い、人付き合いを大切にする国民性が感じられます。また、マイペンライ気質といわれるタイ人。「マイペンライ」とは、「気にしない」とか「大丈夫」の意味。争いごとを避け、温和に解決することがモットーの彼らは、場の雰囲気を悪くしないようにと常に心がけています。そんな気遣いに長けたタイの人々は、一体どんなときにどんな贈り物をするのでしょうか?
Q. どんなときにギフトを贈る?
お正月ギフトの定番、グラチャオ
タイのギフトシーズンは11月中旬〜翌年4月までと、どの国よりも長いのが特徴。というのも、タイには、西暦の1月1日の「正月」、1 月下旬〜 2 月中旬にある「中国暦の旧正月」、4 月 13 〜 15 日までの「ソンクラン(タイ旧正月)」と 3 つのお正月があるためです。
11月に入ると、スーパーマーケットや百貨店には「グラチャオ・ピーマイ(新年バスケット)」の売り場が設置されます。これが年末年始のギフトの定番。色とりどりのバスケットに食品、飲料、お菓子類が山盛りに詰め込まれたものです。【イギリス編】に登場した「クリスマスハンパー」や【シンガポール編】の「ハンパー」と似ていますね。タイの人たちは、親戚や取引先には日持ちのする缶詰めや瓶詰め、そして年配の方々には長寿を祈っての健康食品など、贈り先に合わせてバスケットを選んでいきます。見栄えもよく、ずっしりしたものが人気なのですが......近頃、一見豪華だけれど実は上げ底の安価なグラチャオ・ピーマイが多くなったとか。これも庶民のお財布事情の表れかもしれません。
中国歴の旧正月を経て4月になると、ソンクランの季節がやってきます。今や「水かけ祭り」として知られていますね。4月13~15日の3日間、人々はこぞって町にくり出し、水を掛け合って祝います。このときもまた、食品の入った「グラチャオ(バスケット)」が贈られるとか。ただ、あくまでも家族中心。年末年始のように取引先などに渡すことはあまりないそうです。
バレンタインギフトはバラとクマ
2月14日のバレンタインデーは、ほかの国々と同様、タイでも恋人や夫婦にとって大切な日。日本と違うのは、贈り物は男性から女性へ、に限られていること。バレンタインギフトによく選ばれるのは、真っ赤なバラの花束とクマのぬいぐるみです。1月も末になると、花屋を筆頭にデパートやスーパーマーケットのギフトコーナーにはバラとクマの飾り付けがほどこされ、女性たちの心をときめかせます。また、日本の影響なのか、昨今はチョコレートやマカロンなどのお菓子もバレンタイン商戦に乗って売れ行きを伸ばしているようです。
水色づくしの母の日
どの国よりもユニークで華やかなのが、タイの「母の日」。タイでは、5月2週目の日曜日ではなく、8月12日です。実は、この日はシリキット王母のお誕生日。国を挙げてお祝いする、というわけです。ちなみに「父の日」もお決まりの6月3週目の日曜日ではありません。こちらも12月5日、プミポン前国王の誕生日と重なります。ただし、2016年に崩御されたので、今後変わるかもしれません。
「母の日」が近づく6月末には、国中に王母の写真や絵が飾られます。また、青い服を着ている人が目立つようになります。その理由は、母の日のカラー=水色だから。デパートの特設コーナーには水色を基調としたギフトアイテムが並び、花屋には薄青のジャスミンやアジサイの花が主役に躍り出ます。実は、タイにはすべての曜日に色があり、「生まれた曜日の色を大切にすると幸運になる」といわれているのです。王母の誕生した日は1932年8月12日の金曜日。金曜日生まれの王母のラッキーカラーが水色なので、「母の日」の基調色になったのです。
ちなみに「父の日」、プミポン前国王の誕生曜日は月曜日で、黄色が基調になります。それゆえ人々は「父の日」が近づくと黄色い服を着て、父親には黄色い花のブッタラクサーを贈るそうです。この「曜日の色」については、「Q. ギフト選びのポイントは?」でさらに詳しくお話ししますね。
誕生日には、徳を積む
タイの誕生日は、本人が普段お世話になっている人たちを呼んでもてなすのが通例。タイ人の心の支えとなっている上座部(じょうざぶ)仏教の教え、「タンブン」の考え方によるものです。「タンブン」とは「徳を積む」の意味。本来は修行中の僧侶だけが対象となる上座部仏教ですが、一般庶民もタンブンと思われる行為をすることで救済されると信じられています。具体的には、お寺や僧侶に寄付をしたり、周りの人に何かしら感謝を表したり。これがタンブン、徳を積んでいくことになるのです。
ゆえに、自分の誕生日には、これまで生かされたことへの感謝の気持ちを込めて招待客にふんだんにご馳走を振る舞います。片や、招かれた人たちは本人の喜びそうなブレゼントを持参。お互いを思い合う日がタイの誕生日なのですね。ちなみに、友人への誕生日プレゼントとしてはレストランの食事券、そして親から子への誕生日プレゼントにはスマートフォンやITガジェットが人気を呼んでいるそうです。
Q. ギフト文化の特徴は?
タイでは、職場でも学校でも、人の誕生日や記念日を忘れません。プレゼントを贈ることで、心がつながり、和やかな場が生まれると考えています。贈り物はタイ人のお付き合いには必要不可欠なのです。
それにも関わらず、贈り物を渡される瞬間、タイ人は極めてクールに振る舞います。誰だってプレゼントを前にしたら心が踊るはず。ですが、タイでは贈り物を受けとるときに嬉々としようものなら、周囲から「意地汚い」と思われてしまうのだそう。よって、ほとんどの人は決して騒がず、その場ではすぐに開けません。「子どもの頃、プレゼントを前にキャーキャー騒いでいる私たちを見て母はいつも怒っていました。ところが、アメリカではプレゼントをその場で開けるのでびっくりでした!」とは、昨年アメリカに留学していたタイの学生のコメント。奥ゆかしさから出る習慣の違いかもしれません。
Q. ギフト選びのポイントは?
さきほど「母の日」「父の日」のところで触れたように、タイには「曜日の色」、すなわちラッキーカラーがあります。ちなみに、各曜日の色は以下の通り。
・日曜日:赤
・月曜日:黄
・火曜日:桃
・水曜日:緑
・木曜日:オレンジ
・金曜日:水色(青)
・土曜日:紫色
タイの人々は大抵自分の生まれた日の曜日を知っていて、日本の星座占いや血液型占いさながら、曜日ごとに性格や相性、運勢を占ったりもします。大事なイベントのある日は、その色の洋服を身に着けたりすることも。相手のラッキーカラーがわかっていたら、その色のものを贈るととても喜ばれるのだとか。これは、ギフト選びの大きなヒントなりますね。
Q. 気をつけたいギフトのマナー&タブーは?
タイには、作法のタブーはいくつか存在します。例えば、たとえ子どもでも、精霊が宿るとされる頭を触らない。人に物を渡すときや握手には、不浄とされる左手を使わない。人前では叱らない、など。けれども、ギフトに関してのタブーは特にありません。別れの涙を拭くためのハンカチ、壊れやすいガラス製品などはおめでたい場のギフトには向きませんし、またナイフなどの刃物は避けたほうが無難ではありますが、最近はそんなに気にしていない人が多いようです。
Q. ラッピングはどうしたらいい?
タイのデパートにはラッピング専門のコーナーがあり、ラッピングペーパー、リボンなどが盛りだくさん。タイの人々がラッピング好きであることが伺えます。特にお正月前は赤や金、母の日や父の日には青や黄色のラッピングアイテムが目立ち、季節の移り変わりが感じられます。一方、カード売り場は極めて小さいのが特徴。ギフトカードを贈る習慣は根付いていないようです。
石橋眞知子Machiko Ishibashi
学習院大学卒業。在学中よりラジオパーソナリティやテレビレポーターとして活躍。その後、アメリカ・ノースウエスタン大学で日本語教師をし、イギリス・オックスフォード大学で美術史や演劇を学ぶ。以来、異文化コミュニケーションやマナーのレクチャー、企業のコンサルテーションなど幅広く活動。英会話に関する著書多数。2006年には「プロトコールの基本」(日本ホテル教育センター)の監修プロデュースを手がけた。2015年に日本クロスカルチュラルコミュニケーション協会を設立し、現在会長を務める。