ギフト文化は、各国の歴史や習慣とともに育まれるもの。 それだけに、ギフトにまつわるマナーにもお国柄が色濃く反映されます。 プロトコール(国際交流のルール)に精通する筆者が、ギフトの習慣やタブーを国別に解説します。
【スイス編】質実剛健、ギフト選びは実用性が第一!
ヨーロッパ中南部に位置するスイス連邦は 一度は訪れたい風光明媚な観光国。時計や医薬品などの高付加価値製品の輸出や、プライベートバンキングが盛んな金融の中心地としても確固たる力を持っています。国連にもECにも加盟せずに永世中立を貫き、国民所得はヨーロッパでもトップクラス。そして、個々を尊重する気質でも知られています。そんなユニークな国、スイスには、どんなギフト文化が存在するのでしょうか?
Q. どんなときにギフトを贈る?
天使がプレゼントを運ぶクリスマス
スイスは、ドイツ語、フランス語、イタリア語、ロマンシュ語という4つの言語圏に分かれています。地域ごとの自治権も確立しており、当然ながら文化気質も異なります。それはギフトイベントにも表れていて、たとえばクリスマスの風習も言語圏によって違うのです。
世界的には真っ赤な服に真っ白な髭のおじいさん、すなわちサンタクロースがクリスマスプレゼントを運ぶ役目を担っていますが、ドイツやオーストリアの子どもたちは「幼いキリスト」が運んでくると固く信じています。イタリアでも昔はそうだったとか。そして、ここスイスでも然り。幼いキリストは、ドイツ語では「クリストキントリ(Christkindli)」、イタリア語では「ジェズ・バンビーノ(Jesu Bambino)」と呼ばれます。また、ロマンシュ語では「クリスマスの天使」を意味する「アンゲル・ダ・ナダル(Anguel da Nadal)」といいます。空からプレゼントを運んでくるかわいいキリストは、天使のようなイメージなのでしょう。ただし、同じスイスでもフランス語圏だけはフランスの影響が強いのか、サンタクロース派のようです。
そんなわけで、フランス語圏以外のスイスでは、キリスト降誕の日である12月25日前はプレゼントをクリスマスツリーの下に置きませんし、ツリーに電球以外の飾り付けはしません。プレゼント運びと同様、飾り付けも「幼いキリスト」がしてくれると思っているからです。12月24日、子どもたちが寝たあと、両親はツリーの飾り付けに一生懸命。 翌日の朝までに飾り終え、プレゼントをツリーの下に置いたら、「クリストキントリが来たわよ~」と小さなベルを鳴らします。「待ってました!」とばかりにベッドから駆け付ける子どもたちの嬉々とした表情を想像するだけで、心が和みますね。
クリスマスギフト探しは、マーケットで
さて、クリスマスが近づいてくるとスイス各地で開催されるのが、クリスマスマーケット。クリスマス用のお菓子やオーナメント、ラッピング用品、そしてキャンドルやソープなどのギフトグッズがワゴン一杯に並びます。小腹をすかせた買い物客のために、グリューヴァイン(ワインと香辛料などを温めてつくるホットカクテル)やソーセージ、ラクレット(チーズの一種)など、飲食屋台もずらり。
「マーケットならチューリッヒがおススメよ」と教えてくれたのはスイス人の友人。「ヴェルドミューレ広場では、シンギングツリーと言って、クリスマスツリーの形に並んだ合唱隊がクリスマスソングを歌うのね。飾り付けも豪華でロマンティックだし、そこで開催されているマーケットも掘り出し物がいっぱいあるの。でも、私が毎年行くのはチューリッヒ中央駅のマーケット。ごった返していて見るだけでも時間がかかるけど、ここは屋内なので寒くないからのんびりできるわ」と得意気に解説してくれました。今や大都市のクリスマスマーケットは、スイス国民だけでなく観光客のたまり場となっているようです。
ちなみに、クリスマスから年末にかけては1年でいちばんのパーティシーズンとなります。いつもは人と群れるのが苦手なスイス人も、この時期だけは集うことを楽しむのだとか。友人だけのホームパーティから従業員への慰労を兼ねた企業主体のものまで、そこかしこでパーティが開かれます。スイス料理といえばチーズフォンデュが有名ですが、ここ数年人気を博しているパーティ料理は「中華フォンデュ(Fondue Chinoise)」。しゃぶしゃぶのように薄切りにした牛肉をブイヨン鍋に入れて、タルタルソースなどをつけて食します。下ごしらえが簡単な上、大勢で会話が楽しめるお鍋のよさは、日本人なら共感できますね。
よい子はピーナッツがもらえるサン・ニコラ祭
スイスには、12月にもう一つ大きなイベントがあります。スイス最大規模のお祭り、「サン・ニコラ祭(Fête de la Saint-Nicolas)」です。ジュネーヴとベルンの間、ドイツ語圏とフランス語圏の境界にあるフリブールは、かつて巡礼地の一つとしてキリスト教の重要拠点だった都市。カトリック教徒が住民の大半を占め、町の守護聖人が聖ニコラウス(フランス語で「サン・ニコラ」)であることもあり、このお祭りは中世からここフリブールで続けられてきました。正式には12月6日ですが、今では多くの人が参加できるようにと12月最初の土曜日に行われており、毎年約2〜3万人が集まります(出典:スイス政府観光局)。
サン・ニコラ祭の日は、聖ニコラスが子どものいる家庭を巡り、よい子にはピーナッツやミカンの入った袋を渡し、悪い子にはお仕置きをするという習わしがあります。現在、お仕置きは姿を消し、ピーナッツとミカンはキャンディの入った袋に様変わりしましたが、昔と変わらず子どもたちに根強い人気だそうです。
チョコレート大国らしい、華やかなイースター
さらに、クリスマスと並ぶ盛大なギフトイベントが、イースターです。ドイツ語で「オースタン(Ostern)」、フランス語で「パック(Pâques)」、イタリア語で「パスカ(Pasqua)」と呼ばれ、ここスイスでも大切なお祝い。思い切りチョコレートを口にできる、子どもたちにとっては夢のような日です。ほかの国と同様、イースターの日程は、春分の日のあとの最初の満月の次の日曜日とされ、毎年日付が変わります。また、イースター前の聖金曜日、翌日の月曜日も学校や商店はお休みになります。
イースターの主役は、ご存知イースターエッグ。カラフルなペイントを施した卵型のデコレーションがウィンドウを飾り、卵型はもちろん、ウサギやハトの形をしたチョコレートがスーパーや商店に所狭しと並びます。特にスイスにはチョコレートメーカーやファクトリーがたくさんあるので、ここぞとばかりに工夫を凝らした商品が展示され、とても華やか。
子どものいる家庭ではクリスマスツリーより小さなイースターツリーが飾られ、卵やウサギのオーナメントが色とりどりに吊るされます。当日は庭に隠したイースターエッグを探すゲームを子どものみならず大人も楽しんで、午後のひとときを過ごします。家族や親戚一同が集い、仔羊と春野菜の料理を囲み、子どもたちにチョコレートギフトを配る......みんなの絆が深まる1日です。もちろん、大人同士もチョコレートを贈り合って親交を温めます。
誕生日には、当事者自らケーキを焼いて
スイス人は、自分の誕生日を自ら周囲に告知します。学校でも職場でも、まずは当事者がケーキやお菓子を焼いて持参。 周りもそれに合わせてコーヒーやワインを用意したり、小さなギフトを揃えたりして、お祝いします。同僚たちとランチタイムにワインで乾杯して盛り上がり、つい仕事でミスをしたとしても......誕生日はオフィス全体で大目に見るのが常識だそう(!)。それだけスイス人にはお誕生日が大切なのですね。
中でも0のつく誕生日、例えば20歳、30歳、40歳......「丸い誕生日」はとっておき。 普段お付き合いしていない遠方の人たちも呼んで盛大に誕生日会を催します。さらに「シュナップス誕生日」があります。22歳、33歳、44歳......いわゆるゾロ目の誕生日は、強い蒸留酒であるシュナップスと銘打って大いに飲みながらお祝いします。酔っぱらうと何でもゾロ目のように二重に見えるから?という説もありますが、その所以は明らかではありません。
Q. ギフト文化の特徴は?
スイス人がクリスマスギフトに費やすお金は平均 294 スイスフラン(34000円くらい)だそう(出典:Ernst & Young's Annual Survey)。 これを多いと見るか少ないと見るかは意見の分かれるところですが、クリスマスは1年で最大のギフトイベントですから、きっと家族や恋人、同僚や友人など、複数の人にプレゼントを贈るはず。ヨーロッパの経済事情から考えると少しだけ景気回復してきたと言われるスイスですが、ギフトにおいてはまずまず堅実派と言えるのかもしれません。
Q. ギフト選びのポイントは?
「クリスマスプレゼントはあまり豪華なものは選ばないわ。昨年私は母にティータオルセット、父にウイスキーグラス、妹には前から欲しがっていたオーデコロンをプレゼントしました」とベルンに住む友人が話してくれました。そして「私自身も実用的なものが好きで、妹からもらったSBB(スイス連邦鉄道)のプリペイドカードが一番うれしかった。これで好きな場所に旅できるでしょ」と付け加えます。なるほど、旅好きの彼女にとっては最高の贈り物だったよう。スイス人には質実剛健な人が多いと言われますが、それだけにギフトにおいても実用的なものを好む傾向にあるようです。
Q. 気をつけたいギフトのマナー&タブーは?
スイス人に聞いても、特にこれといったマナーやタブーの情報はほとんど出てきません。狭い領土に複数の言語を話す人々がお互いの文化を尊重しながら共存する国......タブーがないことが、かえってスイスらしい特徴と言えそうです。
ただし、全国民の7割近くがキリスト教徒ではあるものの、スイスにはイスラム教徒も5%ほど暮らしています。【インドネシア編】でもお伝えした通り。ムスリムの場合は宗教上食してはならないものなどあるので注意しましょう。
Q. ラッピングはどうしたらいい?
ほかのヨーロッパの国々と同様、日本人が見て美しいと思うような折り目正しいラッピングは苦手な様子。大きなデパートでも「子どもが包んじゃったのかしら?」と思うようなできばえのことも。ラッピングの良し悪しなんて、気にしない。大事なのは中身ですから、包み方がきれいでもクチャクチャでもそこで評価することはないようです。
Q. 最近のギフトトレンドは?
ギフトにおけるブームやトレンドがあまり見られないこともまた、スイスの特徴。群れを嫌う、個人主義のスイス人らしく、誰かに追随して流行を追うとうことはしないようです。
石橋眞知子Machiko Ishibashi
学習院大学卒業。在学中よりラジオパーソナリティやテレビレポーターとして活躍。その後、アメリカ・ノースウエスタン大学で日本語教師をし、イギリス・オックスフォード大学で美術史や演劇を学ぶ。以来、異文化コミュニケーションやマナーのレクチャー、企業のコンサルテーションなど幅広く活動。英会話に関する著書多数。2006年には「プロトコールの基本」(日本ホテル教育センター)の監修プロデュースを手がけた。2015年に日本クロスカルチュラルコミュニケーション協会を設立し、現在会長を務める。