ギフト文化は、各国の歴史や習慣とともに育まれるもの。 それだけに、ギフトにまつわるマナーにもお国柄が色濃く反映されます。 プロトコール(国際交流のルール)に精通する筆者が、ギフトの習慣やタブーを国別に解説します。
【スウェーデン編】みんな喜ぶ「フィーカ」のギフト
スウェーデンと言えば、福祉や社会貢献が進んでいる一方、イケア(IKEA)、ヴォルヴォ(Volvo)、スカイプ(Skype)など、ライフスタイルをデザインするグローバル企業を育んだ国でもあります。幼いときから自立性を尊び、家族というよりも一個人を重視する国民性。一方で、個人の利益より社会の利益を重んじ、税金の重さより将来の保障を優先するシステムができあがっています。世界中見回しても、スウェーデンほど「大人」をイメージする国は少ないかもしれません。実際、スウェーデン人は、ヨーロッパの中でもひときわ「ものを大切にする」気持ちと、「それぞれの生き方を尊重する」気風があるそうです。そんなスウェーデンで、ギフトの文化はどのように根付いているのでしょうか?
Q. どんなときにギフトを贈る?
スウェーデン最大のギフトシーズンは、「ユール(Jul)」と呼ばれるクリスマスです。キリスト生誕を待つ「アドベント」の期間から国中がクリスマスムードに包まれ、マーケットは買い物客で賑わいます。
ただ、クリスマスの前にもう一つ欠かせないイベントがあります。それは、12月13日の「聖ルチア祭(St. Lucia)」。聖ルチアとは、天の光を運ぶ聖女ですが、もともとはイタリアのシチリア島の女性で、ローマ時代のキリスト教迫害によって殉教しています。両目をえぐられるほど厳しい拷問にあったこともあり、暗闇を照らす守護神となったのです。照度の単位である「ルクス(lux)」は、ルチアが由来の言葉。また、日本でも親しまれている名曲「サンタルチア」は、暗い海に出る舟の無事を彼女に願っている曲なのです。スウェーデンをはじめとする北欧では、このルチアを祀るため、12月13日に一家の長女である少女たちが祝祭に参加します。彼女たちは白いドレスを身に着け、ロウソクの冠を被り、行進します。ちなみに、聖ルチア祭の日に配られるのが、伝統的なロールパンの一種「ルッセカット(Lussekatt)」。ルッセカットとは、「ルチアの猫」の意味です。猫の尻尾の形を真似たS字状で、光にちなんでサフランの黄色い生地を使っています。
聖ルチア祭が終わると、いよいよクリスマス。スウェーデンではサンタクロースのことを「ユールトムテ(Jul Tomtar/Tomte)」と言います。トムテとは、ひげがもじゃもじゃで目まですっぽりかぶった大きな帽子が特徴の妖精です。家に繁栄をもたらしてくれると信じられている大切な存在。クリスマスイブには、各家庭で感謝の気持ちを込めてトムテのために料理をします。トムテの好物は、砂糖と牛乳を加えて炊いたおかゆ。このおかゆは「トムテがゆ」と呼ばれ、子どもたちにも人気です。庭先に出しておくと、トムテが食べにくるとか。このトムテがサンタクロースの役目をすると信じている子どもがいる一方、サンタクロースはトムテではないと信じている子どもいて、ここは意見が分かれるようです。
さて、12月24日のイブは、クリスマスイベントで盛り上がります。クリスマスディナーを食したあと、ツリーの下に置かれたプレゼントの交換がはじまります。ほかの国と違って、ディナーもプレゼント交換もイブに行うのがスウェーデンスタイル。とあるスウェーデンの留学生は、「小さいとき、サンタクロースはドアから入って来たわ。ツリーの下にあるプレゼントをみんなに手渡していた。いつもその時間には父がいなくて不思議だなと思っていたのよね」と、幼い頃のクリスマスの思い出を語ってくれました。家族の誰かがサンタクロース役をするのは世界共通だけど、ダイレクトに手渡すのはスウェーデンだけかもしれませんね。
Q. ギフト文化の特徴は?
スウェーデンでは、誕生日やクリスマス、記念日以外には、ギフトを贈る習慣がありません。ギフトの選び方も慎重で、相手のほしいものをあらかじめ聞いてから品物選びをします。万が一、贈られたものが気に入らない場合は、領収書持参でお店に行けばすべて解決。返品交換してくれます。
ギフトの機会が限られているのは、「手に入れたものは大切にしたい」という心の表れかもしれません。「スウェーデンの家庭で使われている家具や食器は、随分年季が入っています。アンティークとして価値あるものもありますが、中には古ぼけて壊れかけたものも。きっとそのお宅で代々愛用されていて、その思い出を捨てたくないのだなと感じます」とは、ストックホルムに住む日本人女性の言葉。ホームパーティーでさまざまな家庭を訪ねるたびに、新しいものを好む日本人との違いに驚くそうです。
スウェーデン人にとって、祖父母や親世代から引き継いだものを大切に使うことのほうが、むしろ贅沢なのかもしれません。たとえ不要になったものも、ゴミ箱には捨てず、リサイクルショップに持参するのが主流。ものへのこだわりが、とことん使い倒す精神につながるのですね。
Q. ギフト選びのポイントは?
ものを大切にするスウェーデンでは、いわゆるバラまきギフトは歓迎されません。昨今、従業員向けにクリスマスギフトを用意する企業もあるそうですが、ロゴ入りのカップやお皿などを配ると、ブーイングの嵐なのだそう。家でまで仕事をにおわせるものは使いたくないし、またリサイクルショップにも持っていけないし......というわけ。では、どんなギフトが喜ばれるかというと、商品券の類いです。スパ施設の利用、旅行、本など、もらった人が好きなように使えるのが魅力のよう。
それから、スウェーデンの人々が喜ぶギフトをもう一つ紹介します。それは「フィーカ(Fika)」のひととき。フィーカとは、コーヒーブレイクのこと。スウェーデンの文化を司っているのはフィーカと言っても過言ではありません。仕事場でもキャンパスでも家庭でも、10時と3時を中心に、1日複数回フィーカをするのが普通です。コーヒーに必ず添えられるのが、シナモンロールやサンドイッチ、クッキーなど。それを味わいながら楽しくコミュニケーションを取るのがスウェーデンのライフスタイルなのです。その実、フィーカはコーヒーの逆さ読み。"kaffee"を逆に読んで"fika"になったそうです。この頃はフィーカに合わせておしゃべりしようと「フィーカアポイントメント」という言葉も定着してきました。主催者がつくるお菓子に、各人が持参するお菓子も相まって、話だけでなくテーブルもにぎやかになりそうですね。こういうギフトなら、みんな大歓迎のようです。
Q. 気をつけたいギフトのマナー&タブーは?
スウェーデンでは、すべてにおいてタブーを取り除こうとするムーブメントが起きています。セックスやヌードについても、あまりにあっけらかんとして、アジア民族の私は思わず顔を赤らめることも。ギフトに関しても、宗教や民族的なタブーはあまり表沙汰になりません。贈り物の仕方もさまざま。贈られる相手の好みさえつかんでいれば、それでOKです。取り立てるほどのタブーがないことが、自由奔放なスウェーデンらしいと言えるかもしれません。
石橋眞知子Machiko Ishibashi
学習院大学卒業。在学中よりラジオパーソナリティやテレビレポーターとして活躍。その後、アメリカ・ノースウエスタン大学で日本語教師をし、イギリス・オックスフォード大学で美術史や演劇を学ぶ。以来、異文化コミュニケーションやマナーのレクチャー、企業のコンサルテーションなど幅広く活動。英会話に関する著書多数。2006年には「プロトコールの基本」(日本ホテル教育センター)の監修プロデュースを手がけた。2015年に日本クロスカルチュラルコミュニケーション協会を設立し、現在会長を務める。