ギフト文化は、各国の歴史や習慣とともに育まれるもの。 それだけに、ギフトにまつわるマナーにもお国柄が色濃く反映されます。 プロトコール(国際交流のルール)に精通する筆者が、ギフトの習慣やタブーを国別に解説します。
【シンガポール編】ギフトとは「好きなものを好きな人とシェアする」こと
シンガポール共和国、通称シンガポールは、人口約560万人の主権都市国家。人口の大半は中華系(74%)、マレー系(13%)、インド系(9%)の人々で占められています。また、仏教徒、イスラム教徒、キリスト教徒、ヒンズー教徒などが共存していて、主要宗教それぞれのイベントは国の定めた祝日となっています。経済的にも恵まれている多民族多宗教国家シンガポール。異文化を享受する庶民の間では、一体どんなギフトが交わされているのでしょう?
Q. どんなときにギフトを贈る?
中華系の人々のギフトイベント
多宗教の国シンガポールでは、それぞれの宗教にちなんだ儀式イベントが開かれます。中華系仏教文化圏で最も大きな行事は旧正月、つまり「春節」(旧暦のお正月)です。ここシンガポールでも、国中がお祝いムードに包まれます。干支にちなんだライトアップを筆頭に、デパートやホテルのデコレーションから商店街のショーウィンドゥに至るまで、街中が赤と金に染め上がります。チャイナタウンには食材や飾り物の露店がぎっしり並び、買い物客でごった返すそう。
旧正月を迎える前に、中華系のシンガポール人はお世話になった企業や家庭に1年のお礼として「ハンパー(Hamper)」という詰め合わせギフトを贈ります。言わば日本のお歳暮と同じようなものですね。アワビやツバメの巣、干しシイタケなどの高級食材、チョコレートやブランデーなどの嗜好品があふれんばかりに詰め込まれ、まさに感謝の気持ちが満載。
旧正月に入ると、子供たちや使用人などには「福」と書かれた赤い袋に入ったお年玉「紅包(ホンパオ)」が配られます。また、旧正月期間に最も頻繁に交わされる贈り物がマンダリンオレンジ「桔子(チースー)・蜜柑(ミーガン)」です。
中国語の「桔(チー)」の発音が「吉(チー)」に似ていることから「幸運」、オレンジ色が「黄金」に通じることから「金運」をもたらすとされています。親戚や友人を訪問するときには必ず2個、もしくは偶数個のマンダリンオレンジを持参し、帰るときには別のオレンジが偶数個、手渡されます。偶数が吉数とされ、それを交換し合うことでますます運気が上がると信じられているのです。幸運を贈りあうって、素敵な風習ですね。
秋になると、今度は「中秋節」(旧暦の8月15日のお祭り)があります。夏の終わり、中秋節が近づく頃には「月餅(Moon Cake)」が店頭を賑わせます。この時期、日頃からお世話になっている人たちに月餅を贈るのです。本場中国と同様、シンガポールの月餅も満月の形をしています。ただし、一人一個のサイズではなく、皆で切り分けて食す、大きなサイズが一般的。また伝統的な焼き菓子の月餅ではなく、「スノースキン」と呼ばれる生月餅が人気を博しています。モチっとした求肥のようなやわらかい皮に、パイナップルやマンゴーなど南国フルーツのペーストやガナッシュが包まれています。シャンパン、ワイン、紅茶などのフレーバーも生かされて、色も味も豊富。どうやら年々高級志向になっているようです。
ほかの宗教におけるギフト事情は?
では、ほかの宗教イベントにおけるギフト事情はどうなのでしょうか? イスラム教徒にとっての重要な祭日、「ハリ・ラヤ・プアサ(Hari Raya Puasa)」は1ヶ月のラマダン(断食)を終えてお祝いをする日です。かたや、インド系の祝日「ディーパバリ(Deepavali)」は「光の祭典」とも呼ばれ、街中が色とりどりのイルミネーションに彩られます。ヒンズー教のお正月に当たり、この時期には親しい人にキャンドルやお菓子を贈るようです。しかし、どちらも中華系のイベントに比べると、ギフトマーケットには大きな動きがないようです。
宗教の枠を超えたギフトイベント、クリスマス!
シンガポールで、宗教の枠を超えて誰もが楽しんでいるギフトイベントがクリスマスです。雪とは縁のない暑い季節にも関わらず、雪の結晶がイルミネーションとなってクリスマスムードを高めます。家庭では、家族が集まってともに過ごす欧米スタイルのクリスマスを、会社では盛大にパーティを開いてギフト交換をします。
昨今少しずつブームになってきたギフト交換の方法が、「シークレットサンタ」です。あらかじめくじ引きで誰が誰にプレゼントを渡すかを秘密裏に決めておいて、当日プレゼントを開けたときに贈り主を当てる、というもの。【フィリピン編】に登場した「マニート・マニータ(Manito Manita)」と同じですね。「ここシンガポールでも、社内のクリスマスイベントではこのシークレットサンタを楽しむところが増えてきたそうです。
Q. ギフト文化の特徴は?
シンガポールのギフト文化は、特筆すべきトレンドがないことが特徴と言えるかもしれません。「贈る」という行為が、流行り廃りとはまったく別のところにあるようです。シンガポールの人々にとって、ギフトとは「自分の好きなものを好きな人とシェアする」ことなのですね。個々の価値観を大切にする、多民族多宗教国家ならではかもしれません。
Q. ギフト選びのポイントは?
シンガポール人にとってギフトを選ぶ基準は「自分がいいなと思う」かどうか。先述のように、それを好きな人と共有するのが目的ですから。たとえば、パーティなどの集まりには自分がおいしいと思う食べ物や飲み物を持参して、それをみんなで一緒に楽しみます。見栄を張ったりせず、等身大で分かち合う。そんなギフトの在り方、なんだか清々しいですね。
Q. 気をつけたいギフトのマナー&タブーは?
シンガポールは、ある意味ルールが明確な国。「FINE CITY(罰金が科せられる国)」とも呼ばれ、タバコのポイ捨てやガムの持ち込みなどには厳しい罰金が科せられます。一方、贈り物をするときのタブーは多様化していて、その実クリアではありません。
気をつけたいのは、相手がどの文化圏の人なのかを考えること。中華系の人には置時計や扇子は喜ばれませんし、イスラム教徒にお酒を贈るのはタブー。インド系の人に牛肉はNGです。それぞれの文化圏のタブーについては、このコラムの各国編を参照してくださいね。
Q. ラッピングはどうしたらいい?
あくまで「自分が好きなものをシェアする」のが目的なので、それをラッピングして素敵に見せようという意識はあまり高くないようです。有名デパートでさえ、ラッピングのリボンの長さが左右ばらばらだったり、端がボロボロにほどけていたり、なんてこともしばしば。ただ、最近では日本の商品やギフト習慣についての関心が高まりとともに、ラッピング用品を取り扱う店舗も見かけるようになったようです。
石橋眞知子Machiko Ishibashi
学習院大学卒業。在学中よりラジオパーソナリティやテレビレポーターとして活躍。その後、アメリカ・ノースウエスタン大学で日本語教師をし、イギリス・オックスフォード大学で美術史や演劇を学ぶ。以来、異文化コミュニケーションやマナーのレクチャー、企業のコンサルテーションなど幅広く活動。英会話に関する著書多数。2006年には「プロトコールの基本」(日本ホテル教育センター)の監修プロデュースを手がけた。2015年に日本クロスカルチュラルコミュニケーション協会を設立し、現在会長を務める。