ギフト文化は、各国の歴史や習慣とともに育まれるもの。 それだけに、ギフトにまつわるマナーにもお国柄が色濃く反映されます。 プロトコール(国際交流のルール)に精通する筆者が、ギフトの習慣やタブーを国別に解説します。
【フランス編】贈り物には、季節の花を
「フランス人のセンスはどこの国の人よりも洗練されているわ。トレンドに流されない、自分流のスタイルを持っているもの」とは、パリ在住のマダムの弁。アート界やファッション界をリードしながら、なおかつ一時の流行には左右されず、自分の好きなものだけを身に着けるのが彼らの流儀だと言います。みんなが持っているから自分も持たなきゃ乗り遅れる......といった横並び主義とは正反対で、人とはまったく違うという区別意識こそがアイデンティティに結びついているのでしょう。さて、自己を大切にしているフランス人は、どんなギフトを贈り合うのでしょうか?
Q. どんなときにギフトを贈る?
人生の節目である結婚、出産はもちろん、誕生日、母の日や父の日にはギフトを贈ります。アラブやアフリカからの移民も含めて多彩な文化が共存しているものの、敬虔なカトリック教徒が多く、クリスマスやパックは盛大にお祝いします。「パック」とは、復活祭(イースター)を表すフランス語。「春分の日の後の、最初の満月の次の日曜日」と、毎年流動的。各家庭では、子どもたちに誕生や復活の意味を込めたタマゴやニワトリ、ウサギの形のチョコレートが贈られます。
フランスならではのギフトの日と言えば、「ジュール ドゥ ミュゲ」。メーデーでおなじみ5月1日に、家族や恋人、友人たちに「幸せになって」の思いを込めてミュゲ(スズラン)を贈ります。1561年5月1日、シャルル9世が宮廷の女性たちにスズランをプレゼントしたのが由来だとか。以来、この日になると、街中の花屋の軒先にこぼれんばかりのスズランが並びます。転じて、スズランを恋人たちの出会いに見立て、かつてヨーロッパ各地では「バル ドゥ ミュゲ(スズラン舞踏会)」が開催された、なんてお話も。女性は白いドレスに身を包み、男性は襟にスズランの花をつけて踊ったそうです。
Q. ギフト文化の特徴は?
フランスには、日本のように旅行に出かけたらお土産を、また何かしてくれた相手にはお礼を......といった何かにつけて贈り物をする文化はありません。日本に来たばかりのフランス人が、日本人の「お礼」と「お返し」のやり取りを見て驚きの声を上げたのを覚えています。ただし、ホームパーティーに招かれたときは例外で、さり気ないギフトを持参するのがマナー。その場で飲み食いできるワインやチョコレート、さっと飾れるお花など、相手の負担にならないものを選びましょう。
Q. ギフト選びのポイントは?
フランス人が選ぶ三大ギフトは「花・チョコレート・ワイン」だそう。お花は、贈る相手の嗜好を把握して好きな種類を選べればベストですが、好みのはっきりしないときは、季節の花のブーケや鉢植えがおすすめ。ただし菊の花はタブーです。11月1日は日本のお盆に当たる「トゥッサン(諸聖人の日)」で、たくさんの人がお墓参りをするのですが、このとき用意するのが鉢植えの菊の花。つまり、お墓参り用なのです。もしチョコレートやワイン選びに苦戦したら、自分の好きなブランドを持参しましょう。ぜひ「これ、私のお気に入りです」の一言を添えて。「好きな気持ちを分けてくれたんだ」と相手の心を打つこと請け合いです。
Q. 気をつけたいギフトのマナー&タブーは?
「フランス人ほど意味を遠回しに受け取る皮肉屋はいない」と揶揄したのは、イギリス人の友人。メタファー(比喩)が大好きなイギリス人が言うだけあって、その実、フランス人は真っすぐに物事を捉えないところがあるようです。ギフトにもその傾向が。彼らが嫌がるギフトは、石けん、タオル、掃除用具など、きれいにするためのグッズ。その理由は、「あなたは汚い」と遠回しに言っていることになるから。えぇ!? きっと贈り手にそんな意図はないのに、やっぱりひねくれている?
お年賀や引越しのごあいさつなどちょっとした節目にタオルを贈る習慣のある日本人と違って、フランス人がタオルを忌み嫌うのは、長く続いた生活習慣と関係がありそうです。その昔、フランスやイギリスにはお風呂に入って体を洗う習慣がありませんでした。体臭を消すために香水がもてはやされたほどです。もしかするとフランス人自身、清潔感に欠けていることにコンプレックスを持っているのかもしれませんね。ちなみに、ハンカチや寝具も同じ理由からNGです。
そうそう、お花は大人気のギフトですが、果物を贈ることはあまりないようです。日本人にとってはかごや箱に詰めた果物は贈り物の定番ですが、フランス人にとっては「実」より「花」なんですね。
Q. ラッピングはどうしたらいい?
ヨーロッパの国々では、ラッピングは自分でするのが原則。しかしながら、ギフトの定番であるワインやチョコレートの売り場には、一年中無料のラッピングサービスが用意されています。また、クリスマスホリデーシーズンになると、ギャラリーラファイエットやプランタンのような大手デパートにはラッピングコーナーが設置され、包装専門の店員さんが包んでくれます。専門の店員さんとはいえ、そのテクニックは日本のそれとは程遠く、不慣れな手つきでキャラメルを包むようにしてどうにかこうにか整えるという感じ。それでも有料。チップの箱がそばに置いてあります。
今、ラッピングで一番人気があるのはボン・マルシェ。パリの老舗百貨店のラッピングデザインが、お洒落でファッショナブルだとパリジェンヌに好評です。一方、ダーティ、フナック、モノプリなどのスーパーや電器店では、包装紙のサービスも。買い物客は、筒状の包装紙を自由に好きなだけ切って持ち帰ります。
お店で包んでもらうにしろ、自分で包むにしろ、どんなに素敵なラッピンググッズを選ぼうとも、フランス人にとって包装紙は包装紙でしかありません。ギフトを渡した瞬間、目の前で情け容赦なく破かれる運命を辿ります。日本人はちょっと驚いてしまいますが、彼らにとって大事なのはあくまで中身なのです。
Q. 最近のギフトトレンドは?
結婚する二人にギフトを贈る習慣「ギフト ドゥ マリアージュ」。受け取り手が欲しいものをリストアップし、贈る人が予算に合わせてそこから選ぶというものですが、昨今これが廃れてきました。結婚に踏み切る前にほとんどのカップルが同棲しているというのが現状で、生活必需品を改めて買い揃える必要がなくなったのだそう。そこで台頭してきたのが、お金(小切手)のギフトです。日本のように現金を包むのではなく、ほとんどの場合小切手を贈ります。ウェディングパーティの受付にボックスが置かれ、メッセージカードと一緒に小切手を入れるようになっていることも。日本のご祝儀のように「友人は○万円」といった相場はありません。相手との関係性や懐事情で金額が決まるわけですが、おおよそ日本の半分以下だとか。贈られた人は、お金を何に使ったか、後日ちゃんと報告するのがマナー。それを怠るといつまでも友人たちから聞かれるのだそうですよ。
石橋眞知子Machiko Ishibashi
学習院大学卒業。在学中よりラジオパーソナリティやテレビレポーターとして活躍。その後、アメリカ・ノースウエスタン大学で日本語教師をし、イギリス・オックスフォード大学で美術史や演劇を学ぶ。以来、異文化コミュニケーションやマナーのレクチャー、企業のコンサルテーションなど幅広く活動。英会話に関する著書多数。2006年には「プロトコールの基本」(日本ホテル教育センター)の監修プロデュースを手がけた。2015年に日本クロスカルチュラルコミュニケーション協会を設立し、現在会長を務める。