ギフト選びのNG週から相手の好みをリサーチするコツまで、グローバルに活躍するワーキングパーソンに役立つ情報満載。 外資系の社長を歴任し、海外暮らしを経験してきた筆者が、世界のギフトにまつわるエピソードをご紹介します。
Vol.7 海外出張の手土産選びは、相手の信仰に心配りを
世界には数え切れないほどさまざまな宗教があります。信仰している人の数が多い順では、キリスト教徒約21億7000万人、イスラム教徒約16億人、ヒンズー教徒約10億3000万人、仏教徒約4億9000万人と続きます。また、ユダヤ教徒の数は約1,000万人ですが、ビジネスの世界では大変存在感があります。みなさん、ビジネスパートナーの宗教を気にしたことがあるでしょうか? ちょっとした手土産を渡すにしても、相手の信仰を知っておくことがギフト選びにおいては大切です。
「食」の手土産には要注意!
日本人は世界で最も宗教に寛容と言われています。それもそのはずで、私たちは八百万(やおよろず)の神、つまり身の回りの自然に神が宿っていると考えています。宗教と食習慣は密接だと言われますが、日本人は昔から野菜はもちろん、魚介類、海藻、肉類まで、ほとんどありとあらゆるものを滋養として摂り入れてきました。しかし、特定の宗教を敬虔に信仰している人の場合は、食べ物に対してとても厳しい制限を持っている場合があります。
海外出張などでビジネスパートナーに手土産を持参するときは、このことを心に留めておくとよいでしょう。今回は、信仰する人の数が多く、またビジネスで出会う可能性の高い宗教として、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教についてお話しします。
キリスト教徒の場合
一般的にキリスト教徒は食べ物のタブーはあまりありませんが、アメリカのユタ州を中心に発展したモルモン教徒の人々は、アルコール、コーヒー、タバコなどは口にしません。手土産に日本酒を、なんていうのはNGですのでご注意を。また、会食などの接待や会議での飲み物などにも気をつけなければなりません。
私は、こんな経験をしたことがあります。大抵のアメリカ人はコーヒーが大好きなのですが、あるアメリカ人ゲストだけ朝からコーヒーや紅茶を一切口にしませんでした。そこでさりげなく、「健康のためにコーヒーや紅茶を召し上がらないのですか?」と伺うと(内心モルモン教徒の方だな、と推測していました)、その方は「いえ、信じている宗教のためです」とお答えになったのです。ストレートに宗教を尋ねるのは少々不躾になってしまうこともあるので、こんなふうに確認できればベストですね。
キリスト教徒にとって大切な日のひとつに、クリスマスがあります。言わずもがなですが、クリスマスはイエス・キリストの降誕祭です。日本人にとっては華やぐイベントですが、キリスト教徒にとっては最も厳粛で静かに祈るときであることをくれぐれもお忘れなく。家族とともに家で静かに過ごす......古きよき時代の日本の大晦日や元旦の厳かな雰囲気が、ちょうどキリスト教徒のクリスマス迎え方ですね。
クリスマスの時期、キリスト教徒のビジネスパートナーにはカードを贈るといいでしょう。ただし、サンタクロースの格好をしたキャラクターが描かれているようなものは「ちょっと違うな」と受け取られてしまいます。無理にクリスマスにちなんだ絵が描かれているものでなくとも、素敵な和紙のカードにクリスマスのメッセージを書き添えたほうが、非キリスト教徒からのカードとしては真心が伝わるかもしれません。
イスラム教徒の場合
イスラム教については、Vol.4で紹介した通り、世界のムスリム(イスラム教徒)の約62%(9.7億人)がアジア太平洋地域に暮らしており、中東や北アフリカ地域は約20%(3.2億人)との推計が出ています(出典:ハラル・ジャパン協会)。
ムスリムの人の場合、「ハラール食品」、つまりアッラーが許している食品以外は口にしないのが掟です。「ハラーム」(唯一神である「アッラー」が禁止している食物)を贈ることがあってはいけません。代表的なのは、アルコールと豚肉です。チョコレートなどは問題ないだろうと思ってしまいますが、ブランデーなどのアルコールが使われていなかよくよく確認が必要です。また、たとえ化粧品類であっても、豚から抽出されたコラーゲンが入っていたらアウトです。
イスラム教徒のビジネスパートナーへの手土産なら、発想を180度転換して、日本の伝統工芸などはいかがでしょうか? あれこれ悩みながら恐る恐る食べ物を選ぶよりも、贈るほうも受け取るほうも気兼ねがなくておすすめです。和紙でつくられた文房具、折り紙セット、それに陶磁器などです。また相手が女性だったら、日本の布地でつくられたスカーフなどは重宝されるかもしれません。イスラム文化は、言うまでもなく絢爛豪華なイスラム美術を生みだしました。日本の伝統工芸にも相通じるところがありますから、きっと喜ばれるでしょう。
ユダヤ教徒の場合
敬虔なユダヤ教徒の人々に対して配慮が必要なのも、やはり食べ物でしょう。ヘブライ語で「カシュルート」と言えば、適正食品規定のこと。また食べてもよいもののことを「コーシェル」と言います。私たち日本人が普通に食べているもので、ユダヤ教で特に禁止されている食べ物としては、豚肉、貝類、エビやカニなどの甲殻類などがあります。日本で高級な贈答品とされるボンレスハムや蟹缶などは、ユダヤ教徒の方に贈ることはできません。
ユダヤ教徒のビジネスパートナーへの手土産も、食べ物から離れて、日本にしかない、素敵なものを考えることにしましょう。イスラエルは、アーティストの育成に力を入れている国のひとつです。実際、多くのイスラエル出身の建築家やデザイナーが世界中で活躍しています。そんな彼らの現代アートを愛する心をくすぐるような、日本のクリエイターが手掛けたテーブルオブジェやデザイン文具などは喜ばれそうですね。例えば、飾っておくだけでも素敵なガラスのフラワーベースや木製の置物。最近は、若い作家がデザインした南部鉄器も、デザインの観点で注目されています。
信仰心の厚い方には、十分な配慮を
こうして見てみると、私たち日本人が日頃頻繁に贈り合っている食品関係のギフトは、深い信仰心をもった方々に対しては適切ではない場合が多いことがわかります。口から体内に入るもの対して、宗教上のさまざまな掟がある、ということです。その背景もまた複雑で、かつて疫病で多くの命が奪われた、といった地つづきの大陸ならではの歴史から学んでいるケースもあるかもしれません。
日本人は「手土産」というとまず食べ物を思い浮かべますが、もっと広い視野で探してみることが、ギフト選びのコツのようですね。贈り物は人と人のコミュニケーションの重要な橋渡しをしてくれるもの。必要なのは、相手の立場へのちょっとした配慮です。ビジネスなどを通して異文化の中にいらっしゃるならば、なおさら仲良くなるために、ギフトを差し上げる機会を楽しんでください。
高橋克典Katsunori Takahashi
1957年生まれ。シャルル・ジョルダン、カッシーナイクスシー、WMFジャパン コンシューマーグッズなど、海外企業の子会社や日本法人の社長を歴任。ヨーロッパを中心に世界各国とのビジネスを経験し、またフランス在住経験を持つ。現在は、企業のコンサルティングをしながら、講演や執筆活動にも力を入れている。著書に『海外VIP1000人を感動させた外資系企業社長の「おもてなし」術』『小さな会社のはじめてのブランドの教科書』(ダイヤモンド社)など。